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翻訳書を出版したい――そんな夢を叶えます!

編集者の声 第1回 : フリーランスの編集者 坂本久恵さん

フリーランスの編集者 坂本久恵さん

 フリーランスの編集者・ライター。東洋大学文学部哲学科卒業。語学書の編集にたずさわったのち、株式会社バベルの出版部門であるバベル・プレスに転職。1995年より3年間、月刊『翻訳の世界』の編集長を務める。1998年、フリーランスの編集者・ライターとして独立。竹書房、扶桑社、光文社、ヴィレッジブックス(前ソニー・マガジンズ)など数多くの出版社の翻訳書を編集し、世に送りだす。

 最近手がけた本は、『14歳。焼身自殺日記』(小学館)『恋の罠に落ちた伯爵』『珊瑚礁のキス』(竹書房・ラズベリーブックス)、『犯罪商社.com』『ひきこもりの国』(光文社)、『原潜、氷海に潜航せよ』『エマの秘密に恋したら・・・』(ヴィレッジブックス)、『あったかい仕事力相談室』(千倉書房)、『平等社会フィンランドが育む未来型学力』(明石書店)など多数。

 いまや伝説ともいえる雑誌、月刊『翻訳の世界』の編集長を務めたあと、フリーランスの編集者、ライターとして活躍し、多くの翻訳書に携わっている坂本久恵さん。そんな坂本さんが、2007年の2月26日、早稲田奉仕園の教室にいらして、教室の生徒さんたちに翻訳の世界のこと、新人翻訳家やこれから翻訳家を目指す人たちにとって必要なことをお話くださいました。きっと皆さんの参考になりますよ。


1. 翻訳の世界のしくみ

 こんばんは、坂本です。皆さんはフランス語の翻訳家を目指して、今、この教室で勉強していらっしゃるわけですが、今日は翻訳について、皆さんに知っていただきたいことをいくつかお話ししたいと思います。最初は翻訳の世界のしくみについて……。ここでは、どのような段階をへて、海外の本が日本で出版されるにいたるのかということと、翻訳書の種類について説明します。  

@翻訳書が出版されるまで(著作権のこと)

 翻訳書を出版しようとする時、日本の出版社が直接海外にいる著者と交渉するわけではありません。著者と出版社の間には、著者の利益を代表する海外のエージェントと日本側のエージェントがいます。日本のエージェントは著者と出版社との仲介をするわけですが、具体的には、複数の出版社に「こんな本があるのですが、どうでしょう?」という具合に本を持ちこんだり、その反対に、出版社から依頼を受けて、希望に沿った内容の本を探す場合もあります。いずれにせよ、ある出版社が日本で翻訳書を出版しようとする場合、日本のエージェントを通して海外のエージェントと契約し、そのエージェントが、著者との間を仲介する、という段階を基本的には踏むことになります。この流れを経て、翻訳書の出版が決まります。

 もちろん、契約に至る前には出版社内部での検討という時間も手間もかかっています。

A翻訳のジャンル

 ひとくちに翻訳書といっても、小説や児童書のようなもの、科学や心理学、ビジネスなどを扱ったものなど種類や形態はさまざまです。ですが、ここでは大きくふたつにわけて、フィクションとノンフィクションについてお話ししたいと思います。

 さて、翻訳を志すみなさんに「フィクションとノンフィクション、どちらの翻訳をやりたいですか?」と尋ねると、「フィクションがやりたい」という答えが多くかえってきます。ですが、はじめて翻訳をする場合、実際に新人に依頼がくるのはノンフィクションのほうが多いようです。というのも、フィクションの作家には固定の翻訳者がついていることも多いからです。ですから、はじめから自分の翻訳のジャンルを決めてしまわずに、どんな内容の仕事がきても対応できるように、心と実力の準備をしておきましょう。

 参考までにあげておきますと、ノンフィクションを訳す場合に求められるのは、ストレートに内容が伝わる文体がほとんどです。原文がそうでないかぎり、ノンフィクション(特に実用書)では凝った文体は必要とされません。原文の情報が伝わりやすい日本語にすることが、求められます。

 今、新人にフィクションの仕事がまわってくることは少ないと言いましたが、もちろん、絶対にないというわけではありません。特にエンタテインメントの分野では、いつどんな動きがあるか予測がつかないぶん、新人にもチャンスがめぐってくる可能性はあります。

 たとえば、映画のノベライズも新人にまわってくる可能性が高いジャンルのひとつです。ノベライズは映画の公開にあわせて出版しなければならないため、締め切りまでの期間がかなり短くなるからです。ノベライズには、おおまかに3種類あって、ひとつは映画の原作になった本を訳す方法、もうひとつはシナリオやスクリプトを元にして物語を書きおこすもの(創作が含まれます)、3つ目はスピンオフと呼ばれるものの翻訳です。スピンオフというのは映画の外伝として描かれた話で、わかりやすい例としては、スターウォーズのスピンオフがそれにあたります。

 このように、翻訳書にはさまざまな種類がありますが、どんな本を訳すことになるにしろ、依頼された状況に応じた訳ができるということが大切です。ですから、翻訳をする際には、その本がどういう読者の手に渡るのかを常に頭におくようにしてください。


2. リーディング

 さて、翻訳書が出版されるまでの流れは今お話しした通りですが、実際には、出版社は何を手がかりにして本の出版を決定するのでしょうか? その時に大切になってくるのがリーディングです。次はリーディングの話をしましょう。

 はじめに、リーディングとは具体的にどんなことをするのかを説明します。翻訳者がリーディングの依頼を受けた時にしなければならないのは次のようなことです。

@本を読んでレジュメを作成する

 ご存知とは思いますが、レジュメとは本の内容をわかりやすくまとめたもので、シノプシスや梗概とも言われています。呼び方は出版社や編集者によって変わりますが、おおむね同じものだと考えてください。形式や分量については、それぞれの出版社で求めるものが違いますので、依頼を受ける時点でよく確認し、その上で手がける必要があります。

A本に関する資料をまとめる

 出版年月日や予想頁数、著者略歴などの基本的な情報のほかに、その他の著書や国内外の類似本など、その本に関係してくる事柄も調べておきましょう。特にフランス語のノンフィクションの場合、すでに英米圏で似たような本が出版されている可能性があるので、そのあたりのことをきちんと調べておくことが大切です。

B本の評価をする

 たとえば、Aの段階で類似本が見つかったら、自分が読んだ本はそれに比べてどうなのか、どんな魅力があって、どんな欠点があるのかをきちんと評価してください。類似本がなくても、同様にはっきりとした評価が求められます。たまにあることですが、自分がその本を訳したいからという理由だけで、その本の魅力を誇張するのはよくありません。冷静で客観的な評価をするように心がけてください。

 次に、リーディングの期間と報酬についてお話ししましょう。

 リーディングの期間はたいてい1〜2週間、いちばん多いのは2週間くらいです。もちろん、場合によって異なるので、2週間以上ということもあれば、2〜3日、時には半日ということもあります。特に、新人翻訳者には、こうした短期間でのリーディングが要求されることがあります。新人ならば、締め切りがきつくても仕事を引き受けてもらえる確率が高いからです。

 極端に期間が短い場合はべつにして、通常のリーディングの場合には、期日の2日前にはレジュメをしあげておきましょう。そうして、ぜひとも残りの2日で本に関するリサーチをしてください。リサーチというのは、具体的には、先ほどお話ししたような、類似本やそれらの本の売れゆきなどを調べることです。こうした資料は、たとえレジュメと一緒に提出しなくても、編集者から問い合わせがあった時にすぐに答えられるようにしておくと、頼りになる人という印象を与えることができます。

 こうしたことの積み重ねが信頼となって、翻訳の仕事へとつながります。同時に本を見る目を養うことにもなります。

 それから、リーディングの報酬について。これも出版社によって異なります。

 リーディングをして、その翻訳を仕事として受けた場合にはリーディング料が支払われない出版社もあります。その本が出版されなかったり、あるいは翻訳をほかの方に頼み、リーディングだけで終わったりした場合には支払われます。翻訳の仕事を引きうけた場合でも、リーディング料を別に支払う出版社もあります。リーディング1冊あたりの報酬は5千円〜3万円と、かなりの幅があります(さらなる例外もありますが)。

 また、お金に関することはなかなか切りだしにくいものですが、仕事に対する報酬の管理もプロとして大切なことです。このごろは、編集者とのやりとりは基本的にメールが多いので、リーディングが終わって本の返却方法などを問い合わせる際、またはレジュメを送ったときなどに、「請求書はどのようにしましょうか?」と尋ねておくのがよいでしょう。請求書の項目と日付、金額については必ず確認するようにしてください。先方に二度手間をとらせないという配慮も大切です。

 ところで、リーディングにはふたつの種類があります。ひとつはエージェントから依頼されるもの、もうひとつは出版社から依頼されるものです。前者は出版社に本を売り込むためのものであるのに対し、後者は出版を検討するためのものです。つまり、後者のほうがよりシビアな目を求められるわけです。ただ、どちらの場合でも、翻訳者の作成した資料をもとに出版が検討されることに変わりはありません。ですから、リーディングはとても大切です。

 その本が面白いかどうか、どんなところに魅力があってどんな欠点があるのか、そうしたことを読みとらなければなりません。つまり、本を読む力が必要なのです。リーディングを繰り返しているうちに、編集者から読む力があると判断されれば、実際の翻訳の仕事にもつながってきます。

 では、どうすれば出版社からリーディングを頼まれるのでしょうか? 

 基本的に、出版社が知らない翻訳者にいきなりリーディングを頼むということは、ほとんどありません。なぜなら、それは今もお話したように、リーディングというのがとても大切な作業なので、出版社は読む力があるとわかっている人にしか仕事を頼まないからです。それなら、これから翻訳者としてデビューしようと思っている人にはチャンスはないのでしょうか? いえ、そんなことはありません。というのも、出版社はすでに付き合いのある翻訳者や編集者を通じて仕事を頼むことが多いからです。実際、翻訳学校の先生やすでにデビューした仲間から仕事を紹介してもらったというケースは少なくありません。みなさんがこの教室に通っているのも、ひとつにはそうした理由があるからでしょう。翻訳の世界では、このような横のつながりというのもとても大切です。


3. 翻訳を仕事にするために

 ここでは、まず、翻訳の速度と品質について、次に報酬についてお話しします。そして、最後に、持ちこみについても少し触れておきたいと思います。

 さて、翻訳の速度についてですが、1冊の本を締め切りまでに翻訳するためには、一定の速さが必要です。締め切りまでの期間は場合によってさまざまですが、通常、出版社が考えているのは3か月ということが多いようです。

 では、実際にはどれくらいのペースで翻訳すればよいのでしょう? 締め切りまで3か月あるからといって、その3か月間をまるまる翻訳作業にあてられるわけではありません。原書や資料を読む時間も必要ですし、訳した文章を見直す時間もとらなくてはなりません。

 試しに「300頁の本を3か月で訳す」という設定で計算してみましょう。3か月を90日として、原書と資料を読むためのはじめの1週間、見直しのための最後の1週間をのぞくと、実際に翻訳にあてられるのは76日となります。とすると、1日あたり4〜5頁訳さなければならないわけです。もちろん、毎日必ず5頁訳せるわけではありません。特に、訳しはじめは1頁しか進まないという日もあるでしょう。ですが、総体的に1日5頁のペースを守られれば、与えられた期間内に訳文をしあげることは可能です。

 期日を守ることは、新人の場合は特に大切です。学んでいる時期から、きちんと自分のスケジュール管理をして、一定の速度で翻訳できるように心がけましょう。

 次に、翻訳の品質についてお話しします。ひとくちに品質といっても、どこに気をつければいいのかわかりにくいと思いますので、まずは、編集者の目から訳文を見た時に気になる点をあげておきます。

 誤字・脱字。訳文の見直しをしていないという印象になります。また、パソコン画面上では見落としが出がちですので、自信のある人であっても、かならずプリントアウトして確認しましょう。

  • 固有名詞のぶれ。たとえば、地名や登場人物の名前が途中で変わってしまうこと。はじめは「マーク」という名前だった人物が、いつの間にか「マルク」になっていたということもあります。これは、登場頻度の少ない人物や名詞などの場合によくみられます。また、少し手間をかけて調べればわかる程度の固有名詞を適当にあつかっていると、調べ物を怠っている印象になるので、注意が必要です。
  • 漢字・仮名づかいの揺れが多い。たとえば、「ふるまい」という言葉ひとつとっても、「振る舞い」「振舞い」「振るまい」とさまざまな表記の仕方があります。さらに、これが「立居ふるまい」になった場合、「ふるまい」の部分を漢字にするか平仮名にするかという問題も出てきます。他にも「できる」「出来る」や「くる」「来る」など、いろいろなケースが考えられますが、迷った時は書き出すようにしてください。少なくとも、原稿の中で仮名づかいの統一がとれていれば、あとで一括して修正することもできるからです。また、日頃から自分の仮名づかいを意識しておくように心がけましょう。それには、自分の仮名づかいの一覧表をつくっておくと便利です。また、表記は、かならずしも絶対に統一しなければならないわけではありません。平仮名が続いて読みにくい場合には、平仮名にしていた表記を漢字にする場合もあります。
  • 言葉づかいの不適切さ。訳文の言葉づかいには自分でも意識していない癖がでるものです。作品世界をあらわすためだけでなく、読み手を意識した文章作りということも大切です。自分が今訳している本はどういう人に向けて書かれたものなのか、年齢や性別、日頃から本を読んでいる人向けなのか、反対にあまり本を読まない人向けなのか、そうしたことも考えて、言葉づかいに注意してください。また、実用書などで語尾を「です・ます」にするか「〜だ・である」にするかなどは、最初に編集者と相談しておくとよいでしょう。ある程度訳してしまってからの方向転換は大変ですから。

以上のことは最低限の注意事項です。こうしたことがおろそかになっていると、編集者から「この人は翻訳するだけで手いっぱいだったのだ」という評価を受けてしまいます。


4. 翻訳者の収入

 次は報酬についてです。翻訳者への報酬は印税式か買いとり式になります。印税の場合、通常、本の本体価格の6〜8パーセントが訳者の印税となります。これに部数をかけた額が訳者に支払われる報酬で、たとえば本体価格1500円、印税が8パーセント、部数を8千部とすると、1,500×8%×8,000=960,000で、報酬は96万円ということになります。もちろん、これも出版社によって異なりますので、初版は3パーセント、増刷の場合5パーセントということもありえます。

 買いとり式の場合は、これももちろん、出版社の計算によりますが、ボリュームや期間によっても決まります。20〜30万円、ものによっては100万円ということもあります。買いとり式になりやすい本というのは、売れる期間が短いと見込まれる本や、単発のもの。あるいは、雑誌やムックなどが多いようです。


5. 持ち込みについて

 最後に、持ちこみについてお話ししておきましょう。

 持ちこみというのは翻訳者の側から編集者に働きかけて、出版を検討してもらう本のことです。この方法は英語圏の書籍にくらべてフランス語の書籍のほうが有効です。なぜなら、編集者でフランス語を読める人は少ないので、なかなか自分たちで本を探すことができないからです。また、英語圏の本については目がきく人も多く、その人たちを上回る情報量を持ち、さらなる目ききになることがむずかしいからでもあります。もちろん、自信のあるジャンルがあるのであれば、そこを深めておくことはおすすめします。

 さて、実際に持ちこみをする場合ですが、その際には必ず原書とレジュメを用意してください。また、一部訳をつけることも忘れないでください。作品の頭からでもいいですし、途中の面白い箇所でもかまいません。大事なのは、持ちこむ本がどんな本であるのかを明確にすることです。原書については、コピー(必要箇所)を提出する形でも大丈夫です。

 その上で、さらに気をつけてほしいことがいくつかありますので、それを簡単に説明しておきましょう。

  • 持ち込みをする出版社のジャンルに合っていること。
  • すでに日本で出版されているかどうかを確認すること。
  • 持ちこむ時は1社ずつ。
  • 長く待たない(2、3か月待ってから連絡をして、先方に興味がないようなら他の出版社をあたりましょう)。
  • 断られるのが普通だと思っておく。
  • それが自分にとって本当に大切な本なら、あきらめない。(根気強く、他の出版社をあたっていく)
  • 読んだからといって持ちこまない。(これは新人の場合、よくあることです。一度通して読むとその本に愛着がわきますが、冷静で客観的な目を忘れないようにしましょう)

 持ち込みした本は形にならなくても、それがきっかけで別の仕事が来るというのも、よくあるパターンです。なので、形にならないことで落ちこんでばかりいないで、営業活動の一環だという割り切りをすることも大切だと思います。

 最後になりますが、今後みなさんが仕事をしていく上で、覚えておいてほしいことがあります。それは、「ひとりで悩まない」ということです。翻訳のことや編集者とのやりとりで悩んだ時は、教わった先生に相談してください。先生はそのためにいるのです。すでにデビューした仲間も強い味方になってくれますが、経験値の高さからいっても、大先輩の意見は参考にも救いにもなるはずです。

 翻訳というのはとても孤独な作業です。ですから、先生や今いっしょに勉強をしている仲間との関係をぜひ大切にしてほしいと思います。


(文・構成 野澤真理子)


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