翻訳コーディネーター。大学を卒業後、雑誌社に就職。サイマル出版会をへて、日本翻訳家養成センター(現・株式会社バベル)に入社。その後、フリーのコーディネーターとして独立。数々の翻訳書を紹介し、また翻訳者をデビューさせる。2007年1月には日本出版クラブの協力を得て、「洋書の森」を立ちあげ、翻訳界を活性化させる活動に取り組んでいる。
2007年の4月に出版社、著作権エージェンシー、翻訳者をつなぐライブラリー「洋書の森」を発案し、主要メンバーのひとりとして立ちあげた翻訳コーディネターの加賀雅子さん。その加賀さんが「洋書の森」オープンに先立つ3月17日の土曜日、オンライン講座のスクーリングのおりに早稲田奉仕園の教室にいらして、生徒さんたちを前に「洋書の森」のこと、翻訳に寄せる熱い思いなどを語ってくださいました。新人翻訳家の心得についてのお話もありますので、皆さん、ぜひ読んでくださいね。
こんにちは、加賀です。今日はこれから翻訳家を目指す皆さんにも関係が深い事柄として、まず、「洋書の森」とはいったいどんなものかということからお話したいと思います。「洋書の森」は、神楽坂にある“出版翻訳のためのライブラリー”です。ここには、洋書を扱っているエージェンシー4社から提供される、版権契約が結ばれていない“版権フリー”の洋書が常時展示されています。現在、本の数は1000冊あまり、フランス語の本も100冊ほどあります。毎月、新刊が入り、会員登録をすれば誰でも本の閲覧ができますし、また借りることもできます。そして、借りた本が日本語に翻訳して出版するのに値すると思ったならば、翻訳出版の企画書となる“レジュメ”を作成し、『こんな面白い本がある』『この本をぜひ翻訳したい』と出版社にプロモーション活動をしてください。このような形で翻訳出版を活性化し、支援していくのが「洋書の森」の目指すところです。
私は翻訳出版コーディネーターの仕事をしながら、エージェンシー・出版社・翻訳者の三者が効果的に連動できるシステムを考えてきました。
具体的にいうと、まず、エージェンシーは扱っている洋書を出版社に紹介して翻訳出版に結びつける役割を担い、出版の際に必要となる版権契約の仲介もします。本を紹介するには、当然、その内容をつかんでいなければならないのですが、昨今は扱う洋書の数がどんどん増え、人手も時間も足りないという状態なので、エージェンシーとしても本の内容を詳しく出版社に伝えることが難しくなってきています。また出版社も人手不足ですから、編集者が原書を検討する時間がなかなか取れません。
一方、翻訳者のほうはどうでしょうか。勉強を重ねてきた翻訳者の卵たちが夢見るのは、自分の訳した作品が活字になることですが、実際には自分の師事した先生や個人的な知り合いから仕事が回ってくるのを待っている状態でいることが多いようです。また、翻訳者養成学校が少なくなったことや産業翻訳を重視する傾向にあること、そして、出版不況による翻訳印税の下降傾向などが影響して、翻訳者の数自体も減少してきています。
そこで、なんとかこの三者の効果的な連携を図って翻訳出版の活性化の一助になればと、新人の翻訳者の方々を直接、洋書エージェンシー四社にお連れして、気に入った本を選んでレジュメを作成し、出版社にプロモーションするという試みを2003年に行いました。そのときは約30本のレジュメが作成され、4冊が刊行に結びつきました。これはかなり高い確率といえます。さらに2005年、もう少し対象を広げた形の「洋書展示会」を開催しました。1日だけの開催だったのですが、会場に約400冊の洋書を並べ、翻訳者や翻訳を勉強中の方など幅広い方々に本を手にとって選んでいただいたところ、約100本のレジュメが集まり、そのうち8冊が刊行に結びつきました。
この2度の試みを通して再確認できたのは、原書としっかりしたレジュメがあれば出版社のほうも本の内容がよくわかるので、結果的に翻訳出版につながりやすいということです。特に、翻訳者自身が選んだ本のレジュメならば、より熱意が編集者に伝わりやすいのです。
そこで、毎年この試みを行って4、5年先には洋書を常設展示できるスペースを作れればと考えていたところ、「洋書展示会」のことをお知りになった翻訳家の藤岡啓介先生から御連絡をいただき、日本出版クラブの小此木専務理事を紹介していただいたことで、話は一気に進みました。計画の趣旨に賛同してくださった出版クラブの積極的なご支援が得られ、この1月に翻訳出版のためのラブラリー「洋書の森」が、神楽坂にある日本出版クラブ会館一階の事務局の一角に仮オープンしました。その後、本の数も登録者の数も順調に増え、4月5日に正式オープンを迎えることとなりました。
「洋書の森」の詳しい利用案内は、日本出版クラブのサイトhttp://www.shuppan-club.jpをご覧ください。ここでは概要をお知らせします。
スタートしたばかりの「洋書の森」ですが、会員数は100名を超え、レジュメも少しずつ集まり始めました。本も新しいものが毎月、入ってきますので、これからどんどん増えていきます。将来は翻訳者だけではなく、エージェントや編集者、出版関係者などさまざまな方々が集まって情報交換ができる翻訳出版のステーションになればと考えています。
では、ここからはレジュメについて詳しくお話しましょう。先ほどからお話してきたように、レジュメは出版社や編集者に対して本の内容を説明し、翻訳出版の提案をするための重要な資料で、シノプシスとか梗概、あるいは翻訳出版企画書と呼ばれる場合もあります。
レジュメに求められるものは、時代とともに変化してきています。以前は、レジュメを読んで検討する側の編集者は忙しいので、ポイントを押さえた比較的短いレジュメが好まれました。しかし、最近では逆に、読んだだけでその本のすべてがわかる、より詳しいレジュメが求められるようになってきました。そのほうが、本の詳しい内容を二度、三度と問い合せる手間が省けるというわけです。ですから、レジュメ一本でその本の価値が判断されますし、同時にレジュメ作成者の能力も判断されることになります。つまり、翻訳者にとってレジュメは、企画書として、また自分をアピールする手段として重要な役割を担っているのです。
それでは、どのようにレジュメを書けばいいのでしょうか。レジュメの構成の一例として、オフィス・カガで基本としている形を紹介します。
分量は40字×30行で、7、8枚くらいが妥当なところでしょうか。
次に、レジュメ作成上の注意点をあげます。
さて、レジュメを作成したあと、どうやってプロモーションしたらよいでしょうか。まず、個人的に出版社や編集者に当たって直接持ち込む方法があります。「洋書の森」にある本はすべて版権フリーですから、基本的にどの出版社に持ち込むことも可能です。個人の持ち込みは受け付けない場合もありますが、中には持ち込み歓迎というところや、新しい出版社で翻訳に力を入れているところもあります。
もうひとつは、出版コーディネーターに依頼する方法です。オフィス・カガでは、みなさんが作成したレジュメをチェックし、出版社と洋書エージェンシーに配信する「レジメサービス」を、レジュメ1本につき実費1500円で承っています。「洋書の森」の本の場合は版権はすべてオープンですから、どんどんレジュメを作ってトライしてみてください。
また、オフィス・カガではメールで申し込んでいただければ、レジュメの具体的な書き方とサンプルを添付ファイルでお送りしていますので、ご利用ください。
*申し込み:住所・氏名・電話番号を明記して、件名に「レジメサービス案内」と記入の上、officekaga@biz.nifty.jp までお送りください。
さて、新人翻訳者としてデビューする場合、具体的にはどのようなことが求められるのでしょうか。
まず、翻訳者にはレベルの高い日本語表現力が求められます。それに加えて、今、人気のある作品の文体や構成、文字遣いなどの傾向を把握しておくことも、幅広い対応のためには必要となってきます。最近は、漢字やルビは少なく、ひらがな、改行を多くという要望が多いようです。 また、翻訳の仕事というのは、コンスタントにあるわけではありません。そんなときでも落ち込まずに勉強や情報収集、原書の発掘に努める。また、運悪く仕事の依頼が重なってしまったときは、無理にすべてを引き受けて虻蜂取らずにならないよう、仕事を整理して、まずはとりかかっているものをきちんと仕上げるという姿勢も必要になります。
最も大切なのは、締め切りを守るということです。新人で締め切りを守れないとなると、次の仕事はきません。できない仕事は引き受けない、万が一、守れない場合はできるだけ早く申し出ることです。また、納期も短くなってきていますから、実務はスピーディーに、そして、なるべく完成原稿に近いものを最初から作り上げるよう心がけてください。
では、ここからは少し視点を変えて、最近の翻訳出版事情をいくつかお話しましょう。
まず言えるのが、今は何が売れるかわからない時代だということです。最近のヒット作をみても、企画や編集の段階で大ヒットが予測されていたかというと、必ずしもそうではありませんでした。つまり、プロでも読者のニーズがはっきりつかめない時代なのです。このことを踏まえると、もちろん自分の感性を大事にして洋書を選ぶのが大前提ですが、自分にはそれほど面白くはないけれど可能性はありそうだと思う本があったら、客観的な目でレジュメを作ってプロモーションしてみるのもひとつの手です。意外な反応があるかもしれません。ちなみに、フィクションはノンフィクションに比べて難しい状況ではありますが、ヤングアダルト向けのものは人気があります。逆に、一時はやったハートウォーミングものはやや飽和気味です。
英語の本に関する情報網はかなり発達しているので、本国でヒットし始めた時点で日本でも競合となる状態です。けれども、それ以外の言語、例えばフランス語の本の場合は、フランス語のわかる編集者が少ないこともあり、英語ほど情報が多くありません。フランス的価値観、感性などに注目すれば、まだまだ発掘すべき本はあると思います。
翻訳そのものに求められるものも変わりつつあります。特に、これはノンフィクションで顕著な傾向ですが、平明でわかりやすい日本語にすることに加えて、最近では読ませるための工夫が求められるようになっています。例えば、日本語表現にメリハリをつける、改行を多くして読みやすいようにするといった工夫です。その背景には、読者層がテレビとゲームで育った人たちになってきて、エンターテンメント的な要素が求められるようになってきたこと、ボリュームの多い本はやや敬遠される傾向があることといった事情もあるようです。
最後になりましたが、みなさん、「洋書の森」をぜひ積極的に利用して、自ら発信する翻訳者になっていただきたいと思います。
(文・構成 門倉久美子)
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